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黒鬼ブログ

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2010年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年09月

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『セミの命、ヒトの命』

最近やたら滅多ら路上にセミの亡骸が散らばっている。
綺麗な亡骸もあれば、頭がもげてる亡骸もあるし、
車に踏み潰されたのか、ぺちゃんこになってる亡骸もある。
羽根だけが落ちているケースも王道だ。

コレがもし、セミではなくヒトだったらどうだろう。
その衝撃たるや、ただ事では無いだろうね。
頭がもげてたり、ぺちゃんこになってたらさ。
ゲボっちゃうかも、俺。

これを「差別だ」という人が居るかも知れないけど、
これは差別じゃないと俺は考える。
ヒトとセミが道端で死んでる頻度の違い。

差別っていうのは

「どっかの知らないセミが産れるのは別に嬉しくないけど、
 どっかの知らないヒトが産れるのは凄く嬉しい」

これが差別と思う。
戦争と同じく、この世からなくならないものの1つ。
母が子を想う気持ちも差別。
白が黒をこき使った理由も差別。

差別をさも綺麗に綺麗に塗り固めたものが、友情やら愛やら。
根底は一緒。

僕にとって知りもしない赤の他人は、その辺で死んでるセミと一緒。
「ヒトが死んでいる」という事象自体が珍しいから、驚き、衝撃を受ける。
決して悲しいわけではない。びっくりするだけ。
それがもっと頻繁に……それこそ、セミが路上で死んでいるぐらいの頻度で起こっていたのなら、
路上でヒトが死んでいたぐらいで驚く事も慌てることも無いだろうと思う。
だから、俺にとっては赤の他人もセミも一緒。等しく差別された存在。

むしろ、ヒトがセミ以下になる可能性だってある。
例えばどこかでセミを捕まえてきて、そいつを3~4日飼ったとする。
たったそれだけで、どこかの知らない国で息絶えた知らない人間の死よりも、
身近で息絶えた3~4日飼ったセミの死の方がよっぽど悲しいもんだ。
これで「いや、ヒトの死の方が私は悲しい」という人間が居るのも事実。
それを否定するわけでは無いけれど、俺にはとても真似できない。

これを読んでる人は俺を嫌な人間だと思うかな。
可哀相な人間だと思うかな。
事実そうなんだと思うよ。
自分が興味ある人間以外に興味なんて無いし。
そんな奴等がどこでどうなろうが知った事じゃない。

ただ、少しでも感情移入できるのなら話は別。
そこら辺はしっかりと差別する。
当然の話。↑のセミとヒトの例はあくまで極論。

少しも感情移入できない人間なんてそもそも少ないだろうと思う。
どこか遠くの知らない国の知らない人間。
だけどその人に娘や息子が居るという事を知ってしまえば、
その娘や息子の気持ちを考えて「悲しいな」という気持ちになるかもしれない。

等しく人類全てを愛する事なんて、神でも仏でも偽善者でもない俺には到底無理な話。
むしろ俺からしてみたら、心から愛した人間の命と、どっかで息絶える知りもしない命を比べて「等しく悲しい」という方がどうかしていると思う。
「両者とも悲しいが、前者の方が悲しい」というなら分かる。
「後者は微塵も悲しくないが、前者は死にたくなるほど悲しい」
というのが俺。極端なんだ、何事も。

うん。
「だからなにー!?」
っていう話でした(笑)

いや、最近さ、セミの死骸が本当にごろごろ転がってるから。
それ見てたら色々考えちゃってね。
差別って大事だよ。絶対しなきゃ駄目だと思う。
そして何より大事なのは、差別した後の対応ね。
迫害なんて絶対したらあかんね。
差別しても良いけど、大人な対応は必須なのさ。

もう一個書きたい内容あったけど、
長くなったから止めとく。

おやすみなさい。
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